
2008年05月
最後まで諦めない
- カテゴリ:
- 日記
つまり、願っていたことを達成できた、ということなんだけれども、達成できたのは本当にギリギリ締め切り最後で、その間に何度も「こりゃーダメかなー」と、諦めかけた。
ダメだコリャ、と思ったら、さっさと見切りをつけて、次に行くのが必要な時もあるかもしれないけれど、でも、ダメにしたくなかったので、諦めそうな心を奮い立たせて、達成できる自分を信じた。
そして最後の最後で、達成できたので嬉しい。思い通りの現実を創造するには、意志力も大いに関係あるのだろうな。
ヘドロを浄化し脱皮っぴ
- カテゴリ:
- 日記
そういう作業をしながらも、ふっとした時に、昔の出来事が、頭をよぎることが増えてる。
どれも、とりとめない事なんだけど、未解消の感情的なものが浮き上がってきてるのかもしれない。もしくは、バンドで昔の曲やってるからかも。その曲を作った時のことも、よく出てくる。
ほんと、どれも、たいした事ない1場面なんだけど、自分は、たいした事ないって思いつつ、無意識にパンドラの箱に詰め、時が経つにつれ、ヘドロ化しちゃった、癒しを必要とするものなのかもしれないな。
よく、セミナーの時に、そういうのを「癒すといいですよ〜」と言ってるけれど、私自身、まだまだ癒しきれてないんだろう。
自分で「たいした事ない」って思ってるから、なかなか、それを癒そうという気にはなれないというか、それがあることすら気付けないので難しい。けど、こうして表面に浮上してきたってことは、今が癒すタイミングなのでしょう。
いいのか悪いのか、父が亡くなったことで、私の大きなシコリ、インナーチャイルドがほぐれた。大物が取れたから、細かいのが出てきてるのかもしれない。
癒しても、癒しても、キリが無いね〜私は(笑)
そんなこんなで、ここんとこ毎日、セルフヒーリングするのが楽しみになっている。
自分自身の心の闇に光を当てる。
闇があった方が、多分、楽だろうと思う。そこに逃げ込めるし、そこで言い訳できるし、見たくないもの見ないで済むのだろうけれど。
自分の内から浮上したヘドロを浄化し、癒しとは、自分との戦いでもあると感ずる。そうして軽く、強く、なっていければいいやね。
終わりのない探求
- カテゴリ:
- 音楽
バンドやってると言うと、よく「好きなことやれてイイですねぇ」と言われるが、それを実現するのは、とても大変だ。スケジュールあわせ練習の予定入れるだけでも、白髪が増えてるだろう。
そういう細かいことも含め、楽器、消耗品、運搬、スタジオ、練習、ライブ、衣装、レコーディング、作詞、作曲、研究・・・、ほんと書き切れないけれど、私がバンド始めたのは16歳くらいか?それから、ものすごい、お金と、労力と、時間を使ってきたけど、私はバンドで、自分が好きな事やれてると感じられたのは、残念ながら、ほんの一瞬しかない。
でも皆、そんな感じじゃないかな。演奏ったって、1曲、3分位だもんねぇ。
そこに色んなものが詰まってるんだろうけど、その瞬間のために、何をどれだけやっているか。。。それが音に出るから面白い、というのも楽しみのひとつだわね。
最近、意欲が高まって、もっと色んなバンドをやりたくなってる。アコーディオン、もう何年も触れてないから、勿体無いことになっているし。ギターだけ弾くバンドもやりたいし。1人でラグタイムも極めたいし。たまにはピアノも弾きたい。
活動場所を求めメンバー募集を見るが、年齢制限でハジかれるのはムカつく(笑)この人生で、果たして、何を、どこまで出来るだろうか。いくら演奏しても、満足できない。もっと色んなことを、やりたい。音楽のことを考えると、年齢制限をなくして(笑)時間が永遠にあったらいいのにと思う。
感覚の不確かさ
- カテゴリ:
- 気学
アハハ。家相って、そんなすぐ反応でるものじゃないと思うけど、その行動力と、そういう感性をお持ちなのは素適だ。家って中に入ってみないと、図面見てるだけじゃ、どんなところなのか分からないよね〜。
ただ、こういうのの難しいのは、よく自分の「直感で」とか「感覚で」決めるよう言うし、私自身もそれを判断材料にするけれど、悪い時期・方位(尅気)に引っ張られていると、自分にとってあまりよろしくないものが「素晴らしく」見えてしまうこともある、ということだ。
これは、頭では、どーしよーもないダメ男だって分かってるのに、惹かれて身を持ち崩しちゃうのに、似てるかも。
その逆もあって、良い時期・方位(祐気)の物件は、あまり良く見えないことも多い。いい家相の家って、いま流行りの物件とはまるで逆のような造りで、窓が小さくて全体的に薄暗いし、トイレやお風呂が離れにあって不便だし、慣れるまで、とても住みにくいという。
こうなってくると、何を基準に判断したらいいのか悩んじゃうよね。直感や感覚も大切だけど、人の感覚って今日好きなものが明日嫌いになったりもするナマモノでもあるから、脳も使って広い視野で総合的に見れるといいよね。
なんて、ここ数日、気学の話ばっかりしてるけど、毎日セミナーやってます。感覚って毎回違うから、面白くもあり、難しくもあり。
祐気方位の土地
- カテゴリ:
- 気学
昨日、帰宅してから、物件購入の相談に乗った。建売住宅がいいか?土地を購入した方がいいか?図面をみていたんだけども、建売住宅は家相が悪く、土地は地相が良かったので、大変だけど土地買って、いい家相の家を建てた方がいいですよ、とアドバイスさせて頂いた。
ただ、その土地は、すでに買いたいと希望してる人がいるので、その人が1番手。こちらは2番手になるので、どうかな〜?ということだったんだけど、なかなか出なそうな良い地相なので、諦めるのは勿体ない。
「無理だと思っても話、進めてください」と言ったら、今日、事態が急展開しました〜と連絡頂いて、1番手の人が提示した金額が折り合わず、それより高く出せば2番手でも買えそうなんですって。そしてそれが、その土地で、その値段だったら、相場より安いので私も驚いた。
祐気方位で動くと、そういう展開って、あるんだよね。私も祐気方位で部屋探した時は、ポン!って好条件の物件が出て驚いた。
相場で考えたら、ありえないんだけど、今の所は、敷1、礼1だったし。それには祐気方位ってだけじゃなく、六白の祐気を持ってるかどうか?も関係するかもしれないけれど、祐気を活用すると、予定していたより安く済むこともある。
そうは言っても、1億を超える買い物だから慎重に、方位だけじゃなく色んな角度から検討してもらって、良い土地をつかんで貰えるといいな。
49日法要〜停滞してた気を解放する
- カテゴリ:
- 日記
ゲ、私、喪中じゃん。すっかり忘れた。京都で鳥居くぐってしまったよ。
しかし。穢れのある者を神様が嫌うから、喪中の人は神社に入っちゃいけないっていうけれど、身内が亡くなって落ち込んでる上に穢れてると言われるのは、なんとも救いがない話だ。
喪中でも鳥居をくぐらなければ大丈夫とか、喪中でも参拝歓迎してくれる神社があったり、地域によって考え方も違ったりするので、こういうしきたりは何を基準に、どう捉えたらよいのか迷うが、喪中の自覚なく私が中に入ったことで穢れてしまったのなら、由岐神社、天神さん、大将軍八神社よ、すまん。
さて。昨日、弟からメールが届いた。母親がここ一週間ほど、毎日吐いて、胃が痛くて、医者に行ったが体力が弱っていて検査も出来ないと言われて、げっそり痩せているそうだ。
どうして、一週間も経ってから連絡してくるかな。とも思うが、葬式後に母親から「食事が喉を通らない。氷しか食べてない」というメールもきてたっけ。
パートナーを失ったショックで食事できないのは、しばらくは仕方ないかなとも思う。
私のように、父親が亡くなったのに喪中であることを忘れ、おひつ2杯の御飯をペロっと食べてる方が異常だろう。
父は、料理作って出してた人だからねぇ。母にとっては、食事=父、なのかもしれない。
家に着いてみると、母親はげっそり痩せて、骨と皮だけになっていた。吐き癖がついてしまったようで、出すものないのにグェグェ言って(食道と胃が痙攣してる?)気持ち悪くて起きてられなそうなので寝かせた。
それから法要が1時間位だったかな。終わってすぐ母は喪服のまま寝てたので、列席者が帰ったところで楽な服に着替えてもらい、とりあえず「何か食べろ」と言った。
食べても吐いちゃうからと母は食べるの嫌がったが、食べなきゃ気持ち悪くなる一方だから、少しでも食べて、気合いで飲み込んで根性で消化しろ、と言った。
体は使ってないと機能しなくなる。そして、いつも使っているように動こうとする。母は、どこか体の具合が悪いというよりも精神的なものからきてると思うし、吐き癖をつけたから吐いちゃうだけだと思うので、体の動きを、そっちに持っていかせないように、普段は無意識にやっていたことだと思うけど、食べ物を消化し栄養吸収するという意志を持たせて、ヨーグルトを食べさせた。
そうしたら、吐かなかった。そして驚く事に、その後は普段は飲まないコーラを飲み(スカっとする感じがいいみたい)、グレープフルーツを食べ、おかゆを食べた。
それから横になってもらって、1時間くらい気を流したかなぁ。だんだん胃腸がゴロゴロいって動き出したので、バナナを出したら、半分食べた。だいぶ、イイ感じになったみたい。
食事しても吐かないで落ち着いたところで、母は恐ろしいことを言い出した。キャッシュカードが2枚、無いと言う。
「いつから?」と聞いたら、葬式の時からという。もう1ヶ月以上経ってるじゃないか。母は「いつもカバンに入れてるんだけど、どこにいったのか・・・?」と首をひねってるが、心当たりがないなら、どこかで落としたか、盗まれたのかもしれないから、カード使えないように銀行に連絡しなきゃマズイでしょ。
銀行2件に電話して、カードを使えないようにしてもらった。不正引き出しは無かったので、ホっとする。うー、こういう時って、こういうことへの冷静な対処も出来なくなるのかな。
次は、肩と首が痛いというので、ベッドの上に座らせて、肩を揉もうとしたら、右肩に、大きなコブ?しこりがあるのを発見した。「何これ?いつから?」と聞いたら、手術してからだと言う。手術って自分の?何年前よ?どうして、こんなコブがあるのに平気でいられるわけ?
このコブ、触っていいものなのか、どうなのか、そのままにしておいていいのかも見当がつかない。医者に行ったついでに、みてもらうように言って、肩、背中、腰をマッサージして寝かせたら、その後はずっと、いびきかいて爆睡してた。
弟が言うには、この一週間、母は食べてもすぐ吐き出して「まるでエクソシストのようだった」らしいので、ビックリしてた。法要が終わってホっとしたのも、大きいんだろうけどね。
あ、書き忘れてた。法要が終わってから、賞味期限切れの食料や調味料を、全部処分したんだよね。父が入院してから、この家の台所活動は止まっていたようで、コンビニ袋、5袋くらいあった。こういうのがあると、家の気が停滞するし、具合も悪くなるだろう。これを処分したのも、大きいのかもしれない。
私にやれることはやった。これで少し、生活リズムと体調を、とり戻していってくれればいいが。
しかし、そこまでゲッソリ痩せられるのは、羨ましくもあるな。色んな意味で。
のんびり祐気とり
- カテゴリ:
- 気学

写真は、京都の大将軍八神社。
気学では、土地を買う、家を買う、引越しをする。。。という行動を起こす時に、はじめて方位や時期の相談に乗らせて頂くことが多いが、どういう物件と廻り合えるか?などは、その時点で、あらかた決まっちゃってるんだよね。
いい方位と時期を選択することも大事だけど、いい物件に廻り合えるかどうか?は、今までに、どれだけどういう祐気を蓄えてきたか?と、どういう尅気を取ってきたかによって決まるところが大きい。
なので大きな買い物、大きな選択の時ほど、前々から計画し、それに必要な祐気を蓄えてから実行して頂けたらいいなぁと思うのでした。
せっかく、いい時期方位で引越しても、引越先が悪い家相だったら、何のために引越するのか分からないもんね。
変なのが出てるぞ
- カテゴリ:
- 日記
「ところで七実、お前のブログやHPから、変なのが出てるぞ」
変なのって、何だ?怨念か?妖怪か?
「他のHPとか見てると疲れるんだけど、お前の見てると、疲れないし、なんか元気が出るんだよ」
それだったら、変なのじゃなくて、イイのが出てるんじゃないか(笑)
と思うが、どうなんでしょ。ブログもHPも、普通にキーボードで入力してるだけで、別に何もしてないけど、見て元気になってくれるなら嬉しいよ。

写真は、ミニ苺パフェのケーキ乗せ。京都では「パフェ・ケーキ乗せ」というメニューを、よく見かけた。東京では見た事なかったので驚いたけど、どうなんだろ、私がそういうお店に行かないから知らないだけかなぁ。
ブラブラ観光
- カテゴリ:
- 日記

1人で山を降りるのも初めてで、ゆっくり観光しながら降りてみた。晴れたし、風邪もひかなかったし、時間はあるし、疲れてないし、眠くないし、このまま東京に直行は勿体ないので、少し観光してくことにした。
目指すは、ゴールデンテンプル、金閣寺。本当はインドのゴールデンテンプルに行きたいんだけどさ。まずは同じ国内にあるのから、行ったらいいのかもしれない。それで満足するのかもしれない。
出町柳駅のバス案内を見たら、今出川から乗れば金閣寺まで直行で行けるようなので、バス停へ向かう。
加茂川に、飛び石が置いてあって、川を渡れるようになっていたので「楽しそう〜」と思って、飛び込んだ。しかし昨日の雨で増水してるのか、途中から、飛び石よりも水面の方が高くなっている。
途中で引き返すのもしゃくなので、そのまま飛び石を渡っていったら、靴の中に浸水、自爆した。せっかく靴下はきかえて、靴も少し乾いたところだったのに、また足がびしょ濡れだ。私のバカ。

近くの山に見えた「大」の字が、「これが大文字焼きの所かぁ」と感慨深かった。
んで、帰ろうかと京都行きのバスに乗ったが、せっかくここまで来たし、北野天満宮にも行こうと思って、バスを降りた。
そうしたら、方位よけ大将軍八神社の案内看板が出ていて、気になる所なので、そちらを先に行ってみることにした。
その途中で、靴下が100円で買えてラッキーだった。ずっと足がびしょ濡れで、いい加減、気持ち悪い。どこかで機会みつけて、履き替えよう。

お店が開いてたら、妖怪ラーメン、食べたかったなぁ。
それから天神さんお参りして、宝物殿も見ることにした。靴を脱いで入るとこなので、ついでに濡れてる靴下も脱いだ。足が、ふやけてた(笑)
中に入ると、最初の何品かはガイドしてくれるというので、説明を聞いた。最初の展示品は、日本地図が描かれた鏡で、加藤清正が奉納したものだと言う。
加藤清正って、明治神宮の清正の井の?と訊ねたが、残念ながらガイドさんは、清正の井を知らないそうだ。ここで清正の名前を聞くとは思わなかったので、ビックリした。
まったく関係ないけど、さっき「金閣寺放火事件」のことを調べていて、その放火犯人の精神鑑定を行ったのは加藤清さんだそうで、似た名前が続いたので、これもちょっとビックリした。
宝物殿にある絵巻、良かった〜。最近、鳥獣戯画と鼠草子の本買ったりして、こういう絵巻ものが好きなのだ。北野天神縁起も、本になったらいいのにな。全部、見てみたい。
他にも、秀吉直筆の病気が治るように願った文書や、琴をかたどった硯など、展示数は多くないんだけれども、1点1点が濃くて楽しめた。

そこには、さざれ石と書かれた石があった。通りすがる修学旅行生を連れたガイドさんの説明によると、君が代に歌われているのは、このような石のことらしい。
靴と足が乾き、靴下をはきかえて、さて、どうするかな。もうちょっと観光してくかな。鈴虫寺の名前を最近よく聞くので、行こうかと思ったが、そこに導かれるようなことが起こらなかったので、行くの止めて帰って来た。
今、調べてみたら、拝観の最終受付が16時30分で、行っても間に合わなかったので、行かなくて正解だったみたい。恐るべし野生の勘ですな(笑)
下調べ無し、すべてが行き当たりバッタリの1日。楽しかった。