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2003年07月

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私の場合は「こうしたい」と思ったら、「ここに行きたい」というゴールを決めたら、あとは自動操縦のスイッチを入れる。

もちろん、自分で出来る限りのことを精一杯やるけれど。

これは、大の字になって、海でプカプカ浮いているような気分なのだ。

何が起こるか分からない。

だけど不安はない。

自分が「ここに行きたい」と決めたのだから、そこに辿り着くまでに、ベストなことしか起こらないと信じてる。

大きな流れを信頼して、身を任せることを楽しむ。プカプカ浮いている感触を楽しむ。例え波にのまれそうになったとしても、そこで自分がベストを尽くせることを楽しむ。起こること全てを受け入れられることを楽しむ。

そんな風に、信頼して楽しんでいるうちに、辿り着く。

信頼すればするほど、自動操縦は有能になるようだ。

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これは昨日の話。

横浜銀蝿のファンの方で、交通事故なのか?先天性のものなのか?そこのところは聞きそびれてしまったのだけど、足が不自由で、歩けなかった方がいるのね。

お名前が分からないので、仮にAさんとしておきましょうか。

そう。Aさんは、歩けなかったのだ。

でも横浜銀蝿の翔さんが「大丈夫!お前は絶対に歩けるようになる!諦めるな!」とか、そんなことを言い続けてくれて、それでAさんは、歩けるようになった。

という話を、私はミック入来から聞いていた。

昨日、ライブが終わって、ミックと一緒にボンソウのCDを販促していたら、びっこをひきながら、Aさんは私達の前に現れた。

「彼が翔さんに言われて歩けるようになった人だよ」と、ミックから紹介される。

ひょっとして4月の『嵐ちゃん祭り』ライブの時に、私の目の前で、車椅子に座って見ていてくれた人かな?と思ったけれど、違っていたらゴメンなさいね。

AさんはボンソウのCDを買ってくれた。「サインしてください」と頼まれて、ミックはCDとAさんの眼鏡ケースに、サインをした。

「お姉さん(私のこと)もサインしてください」と頼まれた。え?私、サインなんて、したことないよ。しかもボンソウのメンバーじゃないのに、いいのかな???なんて思いつつ、生まれて初めてサインする。うーん、サインって、こんなので、いいのかなぁ?

その後、3人でしばらくお話する。

「翔さんの励ましで、歩けるようになったのはスゴイですね!」なんて話していたのだが、Aさんは、左手も不自由なようだった。見ると、手首のところから、手が折れ曲がってしまっている。

「これを治すのに、お医者さんは『ロックンロール治療がいいんじゃないか?』って言うんですよ」とAさんは仰った。

そして「ミックさん、僕の手に、手を当てて気を入れてくれますか?」と言われ、ミックは、Aさんの左手に、手をかざした。

「うん!これでロックの気が入りました!これが『ロックンロール治療』なんです。ミックさん、ありがとう」と、Aさんは喜こばれていた。

素晴らしいわぁ。

次回お会いした時には、Aさん、私にも『ロックンロール治療』させてね!今度は左手も自由になりますように、お祈りいたします。

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何があっても、全てに感謝!を感じるようになってきた。自分の志向性が変わってきたようだ。

以前だったら、カリカリしていたこと、腹を立てていたこと、悲しんでいたこと、苦しんでいたこと。そういうのがあると、一瞬は「ゲ!」って思うよ。でも、すぐにクールダウンして感謝に変わる。

具体的には・・・、何が分かりやすいかな?

例えば、以前は自分が夢中になって作業しているところを邪魔されたりすると、ヒステリー起こして、邪魔した相手にヒスをぶつけていた。それで言い合いになったり、ケンカになったりとかしていたかな。

今も一瞬「カチン」とはくるけれど、とりあえず感謝先取りで「私を成長させてくれる機会を、ありがとう」と感謝する。

邪魔されるのは嫌だけれどさ、物事は何でも捉え方で変わるから、これは、何でも自分のメリットにしちゃおう作戦(?)なのだ。

カチンときて、その勢いでケンカしても感じ悪いし、ケンカしている時間が勿体ない。ケンカしている時間があるなら、作業に集中したいので、私から見れば「邪魔された」だけど、その相手から見たら「邪魔をしようと思ってやっている」訳ではないかもしれないと思って、カチンをクールダウンする。

そして自分が集中していた作業を継続するのは一旦諦めて横に置いて、カリカリしながらではなく、冷静にその相手の話を集中して聞く。

カリカリしながら聞くのと、冷静に聞くのとでは、同じ話をされても、聞こえ方に雲泥の差があると思う。

どんな状況でも冷静に話を聞けるようになるのは、自分がどんな状況でも、冷静に判断し対処できるようになるってことだよね??

これってメリットだと思うので「私を成長させてくれる機会を、ありがとう」と、今度は本当に感謝を感じる。

カチンをぶつけて言い合いになってしまった時と比べると、なんとメリットの多いことか。

こんな感じなので、最近は「ゲ!」って思うことがあると「今度は、どんな風に自分が成長するのかな〜?」なんて、密かにワクワクしていたりする。

メリットにするのも、デメリットにするのも、自分次第なんだね〜。

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今月は、心身ともにダウンすることも、ローに入ることも、凹むこともブルーになることも、なかった。なんて今月はまだ6日残っているけれど、自分の状態がものスゴク安定しているから、大丈夫であろう。

忙しくて、悩んだりダウンしている暇がないだけなんだけどさ。小さい事も大きい事も、決断して行動!決断して行動!の繰り返しで、それが、いい感じなのね。

で、以前は何日もかけて思い悩んだりしていた自分を振り返って・・・、それはそれで大切なんだろうけれど、な〜んか時間勿体なかったなぁって思っちゃった。

自分が何をしたいのか?何を望んでいるのか?を把握していれば、そんなに時間をかけて思い悩むことはないんじゃないかな?って。答えは、すぐに出るんじゃないかな?って。そう思った。

そして自分の範囲を超えちゃってることに関しては、分かりません〜なので、宇宙にお任せ〜。

自分が決められることは、自分で決める。

そして決断したら、行動する。そうすると、決めなかったことへの想いや未練は自然と薄れてしまい、決めたことに夢中になり、ただただ行動する。

そんな風に過ごしていると、テンポ良く物事が進む。分かりません〜だったことも、分かるようになってきたりする。

躊躇したり、思い悩んでいたりすると、なーんかこのテンポというか、調子の良さを逃しちゃうんだよねぇ。リズム崩しちゃうというか「あの時、パっと選択して行動していれば・・・」って思うことが、たくさんあるのだ。

よく話を聞く「幸運の女神は、猛ダッシュで走り抜けていく。そして前髪しか生えてないから、やってきたら、すぐ前髪を掴め!通り過ぎてからだと、追いかけても追いつけないし、後ろ髪はハゲてるから、掴みたくても掴めないぞ」みたいな感覚かな。

来たら即キャッチ!

でも日頃から自分自身や自分の置かれた状況を把握していないと、即決は難しい。だから私は「己を知る」ということを、割りと重要視している。自分のことって分からない事も多いから、ワークブックとか、自分を掘り下げて見つめるのとか、大好き。

また「幸運の女神」は、「幸運の女神」の格好をしていないことが多いような気がする。どちらかというと「何でこれが幸運に繋がるのか??」という、わらしべ長者の感覚に近いように思う。

だから、どんなことに対しても分け隔てなく、すぐ決断して、すぐ行動できるように心がけている。

セールスの電話がかかってきたら、前は無意味に時間かけてセールストークに付き合っちゃったりもしていたけれど、今はすぐ要点を聞いて「要りません」と、すぐ断れるようになったよ(笑)。

なーんて、これは、ちょっとしたことだけどさ。「要らない」って分かっているもの(決断)に対して、「要りません」ってなかなか言えなかった(すぐ行動できなかった)んだよね。

「アレやって、コレやって・・・」と決めているのに、行動にかかるまでグズグズしちゃうことも、たくさんあるなぁと気付いて、怠け心にムチ打って、なるべくパっと取り掛かれるようにも改善している。

「私が本当に欲しいものは何なのか?」それに基づいて、すぐ決断して行動できるのは、時間を有効活用できるし、なんだか、いい感じ。キープしたい習慣である。

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大検に向けて生物の勉強をしていて、脳の仕組みや働き、血液の流れ、遺伝など人の体について知る。

お客様の中には体調不良の方や病気や怪我などを抱えられている方もいらっしゃるので、自分がそれらについて知識があってお話するのと、なくてお話するのとでは雲泥の差があるなぁと改めて思い、もっと学びを深めたいと感じた。

私が何故大検を受けようと思ったか?は、もともとはマッサージ師の免許を取りたくて・・・なのだ。免許資格には

1.大学に入学する事が出来る者(高卒以上の学歴)

2.3年以上、文部大臣の認定した養成施設において解剖学、生理学、病理学、衛生学その他あん摩マッサージ師圧師、はり師又はきゅう師となるのに必要な知識及び技能を修得した者

3.厚生大臣の行うあん摩マッサージ指圧師試験、はり師試験又はきゅう師試験に合格した者

とあって、私はまず1番目の学歴でNGだったので、それで大検を受験することにした。

大検合格したとしても、その先3年以上は学んでからでないとマッサージ師の試験を受けられないので、もし本当にマッサージ師になるのだとしたら、ちょっと長い道のりになりそうかな。

40才近くなった私に、果たしてマッサージをする体力があるのだろうか?と考えるとウムム・・・だけど、日頃からアコーディオン運搬で鍛えられているから、大丈夫かな。

でもマッサージよりも、私はカイロプラクティックを学びたい。自分がそれで何度も動かなくなった体を助けられているし、「これはレイキヒーリングよりもカイロプラクティックの方が治りは早いだろう」という症例もあるので、自分で出来たらいいなぁって思う。

マッサージも好きだけど、これは趣味で友達にやってあげる程度にして、カイロの方が自分には現実的かもしれないなぁ。せっかくいい先生に巡りあえているし、先生からも何年も前から「やってみたら?」と薦められているので、大検終わったら弟子入りしてみようかしら。

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先日、想いの強さについて、少し書いた。想いが強すぎると、重たくなっちゃうのか、叶うのに時間がかかるようだって。

私の場合は「チラッと思ったこと」の方が、すぐ現実になる。

それは「雨やまないかな」だったり「(電車で)座りたいな」だったり「今書いている原稿を何時までに書き上げたいな」だったり「この曲のタイトル知りたいな」だったり、ちょっとしたことなんだけれど、チラッと思ったことは、割りと叶うことが多い。

以前は割りと時間があったので、何かあると悩んだり考え込んだりして、それに自分の意識を大きく傾けていたけれど、それだと、なかなか願いは叶わなかったりする。

よく「念を込めて」とか「想いを込めて」とか言うけれど、短期集中でスパっと瞬間で込めた方がいいのかな?時間をかけた方が込もる感じがするけれど、それは重たくしちゃうのか、どういう訳か叶わないことの方が多いのよねぇ・・・。

最近は「ひ〜忙しい〜」という感じで、思い悩む時間もそう作れないので、何かあってもチラッと思うくらいしか出来ないんだけど、そのくらい力抜いちゃった方がいいみたい!ということに気付いた。

なので今は、チラッと思った瞬間が創り出す現実が面白い。忙しくて良かった(笑)。

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今日は気学のレッスンを受けていて、こんなことを教わった。

「気には、天の気・地の気というのがあって、それが地上で交じり合ったものが、人にとって丁度良い気です。近所でも散歩して、土を踏むのが、一番の祐気とり(いい日時にいい方角に行くこと)になるんです。だけど最近は土をアスファルトで塞いでしまっているから、地の気が少ないのよね。だから頭ばっかりになってしまったり、地に足がついていない人が多いのかしら・・・」

これと全く同じ話を、別のワークで聞いたことがある。

気が上にあがっちゃっている人が多いそうだ。

東京には土があまり無いから、土を踏むのは難しいものねぇ。

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「全て上手くいっている」私はトコトン、それを信じている。

それでも、嫌なことがあったり、望まないことが起こったりする。「こんなので本当に上手くいってるのか?」と、不安を抱くようなこともある。

私はそれを、チャンスだと思ってる。上手くいく自分に対する信頼を、または、宇宙とかの大きな流れに対する信頼を、深めていくチャンス。

言い換えれば、本当に信頼しているのか?という、お試しなんじゃないかな。

普通は「こんなので本当に上手くいってるのか?」と思った時に、「自分はこう望んでいるのに、それとは違う現実になって、それで上手くいってるなんて悲しすぎる・・・」とか思って、「やっぱり私って上手くいかないんだ」なんて、諦めてしまいがちだ。

自分の意識が現実を創っている。

「全て上手くいっている」と思いながら、過ごす日々。
「やっぱり私って、上手くいかないんだ」と思いながら、過ごす日々。

意識できるかどうかは別として、常日頃から自分が望んでいることが、現実となる。

上の2つ、私にはそのどちらの時期もあった。そして、そこから生まれる現実は、笑っちゃうほど「そのまんま」。歴然と違うのだ。自分が日頃どう思うか?だけで、本当に、ガラっと変わっちゃう。

なので「全て上手くいっている」と思いながら、過ごす日々を選ぶことにした。そして、その通りの人生を、今は歩んでいると思う。

今日も、こんなことがあったのよ。

夜、友達のライブを見に行った。吉祥寺にあるシルバーエレファントというライブハウスで、19時からライブは始まるという。

ちょっと早めに吉祥寺に到着して、楽器屋さんで教則本を買い求めたりして、街をブラブラした。

19時10分位前になったので、ぼちぼちシルバーエレファントに行こうと思って、行ったら、そこにお店はなかった。

「あれ?シルバーエレファントって、ここじゃなかったっけ?」行ったことのあるお店なのに、私は、場所を記憶違いをしていたようだ。相変わらずボケね・・・。

シルバーエレファントの電話番号も住所も分からなかった。そのライブをやる友達に電話して聞こうかな?と思ったけれど、もうすぐ出番なのに、電話して邪魔するのも嫌だったし、多分電話しても出ないだろうなぁと思ったので、場所を知っていそうな別の友達に電話してみた。だけど留守電だった。

どうしよう・・・。一瞬、途方に暮れる。「帰ろうかな?」と思った。でも、せっかく吉祥寺まで来たのに帰るのもなぁ〜と思ったら、目の前にコンビニがある。

「ぴあを見たら場所が載っているかも!」と思いついて、コンビニに立ち寄り、ぴあを見る。地図が載っていた。良かった〜。

シルバーエレファントは、私がいる場所とは、正反対の場所だった。慌ててそっちに向かう。

時計を見ると、19時を10分位過ぎていた。「もうライブ始まっちゃってるかな?」と思った。移動の時間を考えると、到着は20分位になりそうだ。途中から入るのも嫌だし、ちょっとしか見れないのも損だし「帰ろうかな?」と思った。でも、向かった。

お店の近くまで来て、路地が一杯あることに気付いた。パっと地図を見ただけなので、どの路地にお店があるのか分からなかった。迷うかもしれない。グルグル道を歩き回って、余計にライブに遅れるかもしれない。「帰ろうかな?」と思った。だけど野生の勘が働くのか「きっとココだべ」と思って最初に入った路地、そこにお店はあった。

ふぅ〜。やっと到着。ライブ始まっちゃっているかな?と中に入ったら、なんとライブは、ちょうどこれから始まるところだった。間に合った〜、良かった!

な〜んて、これは、ただ私がボケだという話なんだけど、3回ほど「帰ろうかな?」と思った時に、同時に「ツイてないな」とか「なんでこう上手くいかないんだろう」とか「私って何てボケ(ダメ)なんだろう」って、チラっと思ってる。でもそれ以上に「大丈夫!全て上手くいっている!」と、そう信じてる。

だからだよね・・・。

どうして、途方に暮れた時に、目の前にコンビニがあったのか?
どうして、「ぴあを見たら場所が載っているかも!」と思いついたのか?
どうして、どの路地にあるか分からないのに「きっとココだべ」と思ったのか?
どうして、ライブの始まりが遅れたのか?

それは私には分からないけど、結果的には、全て上手くいってしまった。

昔の私だったら、「なんでこう上手くいかないんだろう」と思いつつ、さっさと諦めて家に帰っている。それで後日、友達にムっとされながら「ごめんね〜」なんて謝っているであろう。「全て上手くいっている」自分を信じることを、知らなかった。「全て上手くいっている」自分なんて、信じられなかった。ただただ「なんでこう上手くいかないんだろう」と思いつつ、上手くいかない現実を創り出していた。そうやって、上手くいかない自分に対する信頼を深めていた。

「上手くいく・いかない」の違いって、明確なんだよね。

なので「こんなので本当に上手くいってるのか?」という挫折ポイントは、その瞬間ではそう思えなくても「大丈夫!それでも上手くいっている!」で、通過しちゃった方がいいみたい。そのうち、その根拠がついてくるというか、「本当に上手くいってたわ!」と実感できる時が来ると思う。そうやって、上手くいく自分に対する信頼を深めることで、ますます上手くいく。そんな気がする。

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・アファメーション

「過去完了感謝先取り型」アファメーションを、心の中で唱える。

例えば・・・、「MIDIアコーディオンが欲しいな」と思ったら「私はMIDIアコーディオンを手に入れることができました。ありがとうございました」といった風に、まだ手にしていないのに、もう手にして感謝しているという形で唱える。

だけど中には、そう唱えるのに抵抗があるのもある。それは、自分がまだ受け取る器じゃないのか、自分がそうなれることを心底信じられないのかだと思うのだけれど、そういうのは「お願い型」になっちゃうのね。上の例で言えば、「私にMIDIアコーディオンを手に入れさせてください」みたいな形になる。

意識して使い分けている訳ではなく、自然とそういう唱え方になってしまう。

そして、今まで(ここ半年位かな)「お願い型」で唱えていたアファメーション全てが、今日は自然に「過去完了感謝先取り型」で唱えられた。

以上、プチ変化報告。


・CDレンタル屋

ある人から薦められたアコーディオン奏者のCDを借りたかったのだが、その奏者の名前をド忘れした。

「あれ〜?何だっけ?何だっけ?」思い出せない。どこかにメモった気もするけれど、どこにメモったのかも思い出せない。

いさぎよく諦める。でも何かCDを借りたかったので、バンドのメンバー募集で応募してくれた人のメール文中にあった「私はソウルフラワーユニオンが好きです」をふと思い出し『ソウルフラワーユニオン』のCDを借りてくる。

そして、今日の夜、そのCDを聞いて歌詞カードを読む。するとそこに、ド忘れして思い出せなかったアコーディオン奏者のお名前があるではないか!

そのCDに、ゲストプレイヤーとして参加していたようだった。その奏者の名は『シャロン・シャノン』あぁ、そうだった。何故か『ピアゾラ』とゴチャゴチャになっていたんだよな〜。

さ・ら・に、歌詞カードを読むと、ゲストプレイヤーに『後藤まさる』のお名前があるではないか!

今日の昼間、ネット通販で注文した後藤さんのバンド『そいんじゃ』のCDが届いたばかり。CDと一緒に、後藤さんからの直筆(?)お手紙も入っていて「チョーうれしー」って感じだったのだ。

符号の一致は、重なれば重なるほど、面白い。

以上、プチシンクロ報告。

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これは昨日の夜のこと。

いまバンドでメンバー募集をかけていて、それに応募してくれた人達に渡すために、バンドの音源を入れたMDを大量製作していた。

ダビングしたり、曲のタイトルをつけたり、何だかんだとコレは時間がかかる。ラジカセと、MDウォークマンの2台で並行して編集作業をしていたら、MDウォークマンが壊れてしまった。

どのMDを入れても、「3曲目の5分50秒あたり」から再生が始まり、しかも、ずっとそこで音がつっかえるようになってしまったのだ。

クリーニングMDをかけたら直るかな?と思ったけれど、それも「3曲目の5分50秒あたり」で、つっかえてしまって、かからない。

あちゃ、壊れてしまった。修理に出さなきゃ。でも、修理に出している時間的なユトリないかも・・・。

MDウォークマンは私の商売道具の1つなので、常に使える状態でないと困るのだ。新品買うのは、まだ抵抗あるし・・・。

とりあえずダメモトでレイキかけてみるかと、かけてみた。このかけ方も、いい加減というか、その日のうちに作業を終わらせたかったので、右手はラジカセで編集作業をしつつ、左手をMDウォークマンの上に乗せておいただけ。

5分位そうして作業していたら、あることが閃いた。「MD編集作業していて動作不良になったんだよな。しかも毎回、同じ現象ということは、どこかにそれを機械が記憶しているに違いない。だったら、その記憶を、消しちゃえば直るよな・・・」

またまたダメモトで、MDを入れて、再生がつっかえているところで、1曲を2曲に分ける編集をしてみた。

そうしたら直った。どのMDを入れても、ちゃんと1曲目から再生される。やった〜!

レイキをかけて直った訳ではないけれど、レイキをかけたらから、このアイデアが閃いたのかな?全然レイキは関係なくて、持ち前の野生の勘が働いただけかな?ま、直って良かった。

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