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2003年05月

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今日は、ほとんどの時間を、寝て過ごした。

珍しく誰とも何の約束も入っていなかったので、溜まっている作業と勉強を片付けるぞ!と意気込むのだが、やる気が出ない。ガッツが湧かない。ちょっと何かやると、すぐにグッタリ疲れて眠くなってしまう。

朝起きて洗濯をし、メアドの設定をしただけで、もうグッタリ・・・。何だ?どうしたんだ?せっかくの貴重な時間なのに・・・、でもダメだ、ちょっと寝ようと横になる。

昼頃起きて食事をし、またメアドの設定をして、すぐにグッタリ・・・。あー、もう今日はダメだ。誰に迷惑をかける訳でもないし、とことん寝よう!と決めて、横になる。

うすうす自分で分かっていたが、これは私の現実逃避なのだ。数日前にも書いたけれど、心にモヤモヤがあって、それをどうしてよいのか分からない時に、私は眠りに逃げる。きっと、いつの間にかモヤモヤが、ピークに達してしまったのであろう。

眠っているだけで、心と体を休めるだけでも、とても癒されるのを感じる。

そして、またたくさんの夢を見た。何度も寝たり起きたりをして、夕方頃に見た夢が、印象的だった。

スタジオで、バンドのリハをしている。そのうち私は、幼児に退行していく。メンバーは皆オトナなのに、私だけ幼児で、でも今のようにギターを弾いている。楽器を弾いている時の私は、確かに幼児の心かもしれないなんて思いつつ、それを客観的に見ている夢。

幼児の私は、普段の私なら言えないようなことも、何でも素直に話している。言いたい放題である。それが心地よい。また、周囲にいるオトナの人たちに甘えたりもしている。それも心地よい。

でも最後に、幼児の私は、色んなモノに鍵をかけていく。楽器に鍵をかけ、心を細分化しては鍵をかけ、色んなモノを封印していく。

そこで1度、目が覚めた。幼児の私が心地よかったので、もう1度見たいなと思って、引き続き寝る。

今度は、幼児ではない私が、またスタジオでリハをしている。終わって、家族が「外で待っているから」というので、私は慌てて楽器を片付けるのだが、何だかんだと楽器がたくさんあって、なかなか片付かない。とりあえず剥き出しのまま楽器を運び出して、家族が待っているであろう外に出たけれど、誰もいなくて途方に暮れる夢。

この夢を見て、もう眠れなくなったが、何もする気が起きないので、ゴロゴロしたりウダウダしたりして、1日が終わる。今日は、何にもしなかったなぁ。

だけど、睡眠と夢が、心のモヤモヤをなくしていくヒントを与えてくれた。

私の心がモヤモヤしている要因の1つは、バンドだ。詳細は省くけど、私は未だに、これが自分のバンドだ!と言えるものを作れていない。色々考えて、当面はゲストプレーヤーで演奏してブラブラしながら、何かを見つけていこうと思う。

それ以外にも色々あって「私ってこんなに傷ついていたのか!」と気付いた。傷ついていない振りをするのに、慣れちゃっていたようだが、傷ついたままの自分がいた。そう言えば、全然自分を甘やかしていなかったなぁと思って、ちょっと反省する。

また、私には一定のパターンがあることに気付いた。きっとそこから「何かを学べ」ということなのだろうが、自分が学びきれていないから、同じパターンを繰り返してしまうのであろう。

「自分を傷つけるような現実を創っちゃってゴメンね」と自分に謝りつつ、ぼちぼち現状打破して、ハッピーでいきたいなぁと思った。1日がかりの睡眠ヒーリングでした。

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昼間、ドーっと眠気とダルサと痛みに襲われて、耐え切れず少し横になる。

そのまま少し寝てしまった。

夢を見た。最近よく夢を見る。今まで見たことのない夢を、たくさん見る。そしてそのどれもが、私にとっては現実のように思える。

今日見た夢は、以前一緒にシステム開発の仕事をした中国人のRさんが出てきた。私の家(だけど間取りが今の家じゃない)に、彼女が旦那さんと一緒に遊びに来る。私は、今、寝ている。眠くて眠くて起きられない。Rさんが、心配したり、起こしてくれたりする。起きて、一緒にご飯を食べる。場面が変わって、一緒に開発の仕事をする。大久保を一緒に歩いて、本当はないんだけれど、「こんなところにあったんだ〜」とサーティーワンを見つけて、一緒にアイスを食べる。

私はRさんが大好きで、彼女と一緒にいるのが大好きだった。でも仕事を辞めてから全然会う機会がなくて、この夢を見たのが、とても嬉しかった。

というか、目が覚めた後も、今でも、何か夢っていう感じがしない。目が覚めた時は、それが本当に起こったことだと信じていた。あれ?でもなんか部屋が違うよなぁと考えて、ようやく「あぁ夢だったんだ」って思った。

それから数時間たって、街を歩いて、「アイス食べたいな。そういえば大久保にサーティーワンが出来たんだっけ」って思った。けど、どこに出来たのか思い出せない。しばらく考えて、あぁ、それは夢だったんだっけと気付く。

ただ老化してボケてるだけかもしれないけれど、最近は、こういうことが多い。夢と現実の区別をつけるのに、少し時間がかかってしまう。

夢は私に、何を伝えようとしているのだろうか?今は付き合いがないから、失礼だけどほとんど存在を忘れかけていたRさんが、何故出てきたのだろう?中国に帰っちゃうのかなぁ。電話してみようかな・・・。

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気がかりになっていた人から電話がきた。あぁ良かったとホっとする。

また別の、気がかりになっていた人からメールがきた。こちらは見た瞬間、ヘナヘナと力が抜ける。

何がどうした訳ではないんだけれど、連絡を頂けるだけでも、こんなに違うんだな〜って思った。安心するというか、体から、余分な力が抜けていく。気がかりがあるということは、体や心に・・・、何だろう?緊張かな?私はつっかえ棒みたいのが入ってるように感じるんだけれど、何か余分な力が入ってしまうようだ。

今日はバンドのHPも完成したりして、気がかりが一杯抜けていった。いろいろと安心したから、眠いのかなぁ。

先日、自分の変化予告をしたせいか、好転反応がボチボチ体に現れているようにも感じる。眠いのもそうだけれど、恒例の胃痛&発熱の他に、痒み、湿疹、吹き出物など、肌に出てきているようだ。キレイになっちゃうのかも?なんて、密かに期待したりして。

でもなんか・・・、今日もらった連絡がとっても嬉しくてねぇ。あ、そういえば昨日も「最近、連絡ないけど、どうしてるかな?」って思った人から電話あったんだっけ。こういう事が続くとね、好転反応もそうだけれど、なんかいい方向にむかっている気がする。

自分でも気付かないうちに、いろんな気がかりを持っていたんだなぁと思ったよ。

ん?待てよ?何が気がかりなんだ?そもそも、気がかりって何だ?

気がかりって、不安な感じがする。感覚的なものかもしれないけれど、不安をもとに発生しているような感じがする。

そうか、だいぶ不安はなくなったと思っていたけれど、こんなところに、何気に不安があったのかと、改めて気付いた。もっと不安を感じなくて済むように、もっと自分を信じちゃお〜っと。

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一昨日は、履いていた靴が、真っ二つに折れた。

昨日は、コップが割れた。

なんか不吉な予感・・・?

な〜んてのは私には感じられないんだけれど、物が立て続けに壊れる時は、自分が変化している時が多い。自分の変化と共に、物も変化するようだ。壊れちゃうのは悲しいけれど、形あるものいつかなくなるわけだから、それを受けとめていこうかな。

今週は、怒涛の1週間だった。立ち止まる時間がないというか、プライベートタイムがないというか、いろんな人や事が入れ替わり立ち代わりやってきて、いろんな事を頼まれて、1つ1つにゆっくりと落ち着いて対応したいのに、目まぐるしく周囲が動き、時が過ぎ、時間なーい!ヒ〜!!って感じ。

応えたい気持ちはあるのに、時間が足りない。私の時間配分や調整が下手なだけかもしれないけれど、「頼むから私に時間をくれ〜!!頼むから私に何も頼まないでくれ〜!!頼むから作業に集中させてくれ〜!!」と叫びたい気持ちだった。作業をする時間が思うように取れず、気持ちだけが空回りして、カリカリする。

私は何にしても作業や飲み込みに時間がかかる方なので、ゆっくりと落ち着いて、仕事にしろ遊びにしろ、それだけに集中したいタイプだ。あれもこれもと、掛け持ちでやれるような器用なタイプではないので、何か1つのことに集中している時は、他のことを一切ストップさせてしまうことが多い。

そして、集中していることを邪魔されると、めちゃめちゃムッとする。この辺はまるで子供のまんまだ。

何だかんだ言いながらも、普段はそういう自分のペースを守りながら、やり繰りしているんだけれど、今週はペースを崩しっぱなし・・・。時間が足りない時に、さらに時間を作るとしたら、削れるのは他人と共有していない、自分だけの時間だ。

自分の時間といっても、睡眠、食事、お風呂位しか思いつかない。削れるだけ、削ってみる。お風呂はシャワーだけにしたけど、シャワーじゃ厄除けにならないんだよなぁ・・・。食事は5分で済ませてる。睡眠は、バタンキューで倒れてしまう。

あかん、こんなの、全然アイラブミーじゃない。こんな自分を痛めつける生活は、もう続けられない。バンドにしろ仕事にしろ、自分がやりたい事の量をもっと絞り込んでいかないと、質が落ちるだけだと感じつつ、時が流れていく。

自分のペースを崩すことがないように、時間に追われてカリカリする事のないように、自分がやる事や引き受ける事を、絞り込んでいこうと思った。

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今日はライブだった。

本番前に、こっそりと「ベストを尽くして、いい演奏ができますように。修復不可能なミスがありませんように」と願ってみた。

そのお陰か、ロザリーと一緒にこうしたスタイルでライブをやるのは初めてだったけれど、不思議と息もピッタリ合って、いい演奏ができた。

ミスはあったけれどね(笑)でも「あ〜ん、どうしよう〜」っていうのはなく、ミスに合わせてしまう余裕もあったりして、私は練習不足で体に落とし込めていないのが心配でもあったんだけれど、何故か、とても落ち着いてリラックスして演奏できた。

お客さんの感想も「2人の息が合っている!」と言うのが多かった。デジカメで撮影してもらった写真を見せてもらったけれど、「ほんとだ、何か昔から一緒に演奏しているみたい」な雰囲気だった。

ま、昔、一緒に演奏していた訳だから、息が合わないほうがオカシイのかもしれない。けれど当時と比べると、お互いに演奏している楽器も違うし、立場も違うし、10年振りだし、リハでの私の演奏のヒドさも考えると、やっぱりビックリかな。

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親友のカメラマンに電話をかけた。

なんとなく話の流れで、彼女は「友達がね、軽い鬱病になっちゃって。それで、どうしたら治るんだろう?どうしたらこの苦しみから抜け出せるんだろう?って考えて、自分なりに色々模索して、『自分を愛すること』だって辿り着いたんだけれど、でも『どうやって自分を愛したらいいのか分からない』って言っていた」なんて話してくれた。

確かにそうかもしれないなって思った。自分を愛するって、言うのは簡単だけれど、対象が自分なだけに、何をどうしたら「愛せるのか?」分かりにくい。


・私の自分の愛し方。

好きなことを時間や周囲の目などを気にせず思いっきりやる。嫌なこと不愉快になることはしない。

これがベースなんだけれど、私はやりたいことが一杯!の人なので、ついつい自分を酷使させてしまう。

普段は自分にムチを打って、自分から愛されていると感じる時間を後回しにしてしまうことが多いので、ゆっくりと過ごす時間を・・・、お風呂につかったり、好きな音楽を聴いたり、お化粧したり、食事をしたりだけど、自分を大切にしたり、自分が気持ちいいと感じる時間を、自分がどう感じるか?に意識を向けながら、とるように心がけている。

基本的には、自分が心地よいと感じる状況を、積極的にセッティングしているだけなのかな。自分が行うこと、自分がいる場所、自分が付き合う人・・・、他人はどう思うか分からないけれど、私には、今の自分にまつわる全てが心地よい。けど、もっと心地よくなれそうなので、何の疑いもなく、そちらに向かって歩いている。


・私の自分の愛し方。

一番簡単なのは、鏡に映った自分に向かってアファメーション!「私は自分を愛しています。そして私は、自分から愛されています」を唱える事だ。何の根拠もなくていい。毎日繰り返し唱えていれば、答えは後からついてくる。

欲張りな私は、さらに続けて「私は全ての存在を愛しています。そして私は、全ての存在から愛されています」を唱える。

「私は全ての存在から愛されています」なんてパワフルなんでしょう!体に愛が走り抜ける。

愛することが分からない時は、愛されているのを感じると、いいかもしれない。

誰かから・・・、太陽や草木や宇宙でもいいから、誰かから・・・、自分が常に愛されている事を思い出して欲しい。「私って愛されているんだ」と感じられると、心が愛に満ち溢れてくる。

愛されていないという不安があると、人って、愛せなくなるよね。愛されていないと感じると、愛が涸渇してくる。

だから、愛されていると感じることを、する。「私って愛されているんだなー」って感じれば感じるほど、自分の内から愛が湧き、愛しやすくなると思う。

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ここ数日は、共時性(シンクロニシティ)が多い。あんまり多くて、例が書けない(笑)。

そんなたいしたことじゃないんだけれどね。友達に会って話したことと同じ内容のメールが別の方から届いたりとか、そんなことなんだけれど、「あれ、ここでも同じことが!」みたいな感じでビックリするし、嬉しくもなるし、その中味は色々だけれども、この共時性にはワクワクする。

共時性に導かれ、私のあらゆるシーンが、繋がっていく。

想いが繋がっていったり、人が繋がっていったり、人と繋がっていったり・・・。

自分がワクワクすること(私の場合は楽器演奏)を思う存分していると、自分がワクワクすることを引き寄せるんだねぇ。うーん、人生を楽しむのって、なんてシンプルなんでしょう。面白い!

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明け方、知人が亡くなったことを、偶然の糸を辿り寄せて知った。昨日と同じところが、胸が、痛む。

彼女とは、2回しか会ったことがないけれど、とってもピュアな感性で詩を書く人で、とってもキレイな声で歌う人で・・・、まだ若いのに・・・、私は悲しい。

彼女のホームページに「ひとあし先に、違う世界にいってしまったけれど、いつかは誰もがたどり着く世界」なんて書いてある。

そうだった。人は、いつか死ぬのだ。

私は後悔しないように、人と付き合っていきたい。

なんでか?

自分の婆ちゃんが死んでしまった時に、私はとても後悔した。私は婆ちゃんが大好きだ。けれど「いつでも会えるから・・・」と思って、全然会わずにいた。そして、私の誕生日に、突然、違う世界に行ってしまった。

いつでも会えたのに、なんで会わなかったんだろう。自分を、責めて、責めて、責めたおした。でも、もう遅い。もう二度と、会えなくなってしまったのだ。

そうだった。人は、いつか死ぬのだ。

婆ちゃんが死んでから、他人から見るとだけど、私は1年くらい、オカシかったらしい。自分では普通でいたつもりだけれど、よっぽどショックだったのか、悔やんでも悔やみきれなくて、自分を責めて、でもね、もう、どうしようもなくなっちゃったんだよ・・・。

アタマでは、分かってる。例え違う世界に行ってしまったとしても、いつでも魂は繋がれることを。魂のレベルでは、いつでも会えることを。

でも、でも、でも、この世では、この世界では、時間は有限で、限られた時の中でしか、一緒にいれないのだ。一緒に遊べないのだ。

だから、私は、もう後悔しないように、この世でね、人とお付き合いしていきたい。

遠慮なんかしないで、自分に嘘をついたりしないで、自分が会いたいと感じる人に会いたい。一緒にいたいと思う人と、一緒にいたい。出会いたいと思う人に、出会っていきたい。

それを素直に、あなたに伝えたい。素直に、あなたに会いたい。素直に、あなたと一緒にいたい。

例えそれを伝えて玉砕したとしても、それはそれで、いいです。玉砕した私を、心から抱きしめることができるから・・・。伝えられなくて後悔するよりも、伝えて玉砕する生き方が、私は大好きだ。

世間がどう言おうと、周囲がどう評価しようと、この先どうなろうと、いいじゃない。今の私の気持ちが、一番大切だ。

私は、今、一番何を感じているのか・・・。それを最優先してあげたいな。

婆ちゃんの時は、「婆ちゃんに会いたいな」ってのが、まず始めだった。近所に住んでいたので、いつでも会えた。だけど次に「でも面倒くさいな」が来た。「あれもやりたいし、これもやりたいし、ま、婆ちゃんには、いつでも会えるから、いつでもいいか」って思って、何年も会わずにいた。そして、二度と会えなくなった。

一番始めに感じた「婆ちゃんに会いたいな」を、もっと大切にしてれば良かった・・・。

だから素直に、あなたに伝えたい。アタマで考えず、私が一番始めに感じたことを、あなたに伝えたい。素直にね。

あなたに会いたい。あなたと一緒にいたい。あなたが大好きです。

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朝、起きてから、胸が痛かった。

病気じゃない。これは、私の心が痛いのだ。

原因は自分で良く分かっている。先日かかってきた、ある電話だ。そこで話してもらったことって、私のアタマでは理解できるけれど感情レベルでは理解できないことだった。スッキリしない。心がモヤモヤする。

私は自分の心がモヤモヤしていたり、何か気がかりなことがあったり、考えても分からないことがあると、起きられなくなる。ヒドイ時には、何日も寝たきりになったりする。体は全然元気なのに、心が睡眠に逃避してしまう。

そこまでヒドクはならなかったけれど、昨日は心がモヤモヤして、パっと起きられなくて、時間が許す限り2度寝3度寝してしまった。

その時、夢を見た。アコーディオンを黙々と弾いている夢。何の曲を弾いているのか分からないが、ただただ一心不乱に、鍵盤を弾き蛇腹を動かす私を見ていた。「これがモヤモヤに対する答えか?」チラっと、そう思った。

モヤモヤを抱えていると、なかなか次に進めない。なので今週の仕事とバンド以外の予定は、平謝りして全てキャンセル or 延期にしてもらった。ちょっとハマりたいというか、引きこもりたいというか、そのモヤモヤに集中して解消し、早くスッキリしたかったのだ。

そして今日、目覚めたら、胸が痛い。

痛いのは、心臓のある場所。第4チャクラ。こんな風に、痛みとして出てきたのは初めてだ。

アタマの中では、憂歌団の『胸が痛い』がコダマする。

ボロボロ涙が出てくる。どうやら、この胸の痛みは、電話の件だけじゃなくて、もっと根の深いものが、癒されていないものやら何やらが出てきているようだ。

今年の1月から、私は自分の恋愛感情を、箱にいれて、フタをしめて、鍵をかけて、自分から切り離すようにして生きてきた。恋愛で、苦しんだり、傷ついたり、思い煩わされるのがイヤだったのだ。だから、恋愛する時間がないように、好きな人の事を想う時間がないように、そして、そのまま好きだという気持ちを忘れてしまえるように、寝る時間もないほど忙しくしたりする。恋愛なんてない方が、余計なこと考えなくて済むし。

でもこれって、ちっともアイラブミーじゃないじゃんね。

アイラブミー斡旋者としては、反省反省。なので自分に、ごめんなさいをする。私は自分に嘘をついていました。やっぱり私だって、普通の女性でいたいというか、素適なパートナーとラブラブでいたいぞ。

そして、どっちの自分にもアイラブミーする。恋愛をしたい私と、自己防衛本能から恋愛を遠ざける私と、どっちも私なので、どっちもアイラブミーだ。自分を愛しているのを感じる。自分から愛されているのを感じる。

それから、自然を、宇宙を、愛しているのを感じる。自然から、宇宙から、愛されているのを感じる。大きな愛。胸の痛みが薄れていく。

こうして自分と向き合うことで、心のモヤモヤは消えていく。自分の中心にモヤモヤがいると、それに自分が振り回されてしまうのでイヤなんだよね。何がどうなった訳ではないけれど、モヤモヤを見つめて、モヤモヤが消えたので、自分の中心に自分を置きなおせた。うん、やっぱり舵をとるのは、モヤモヤではなくて自分がいい。

そうだ!自分がいいのだ!傷つくことを恐れて抑えこまずに、素の自分でいよう。ありのままに感じていよう。この胸の痛みも。この胸のトキメキも。すべて、ありのままの私で。

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昨日の補足・・・という訳ではないんだけれど、心の中は、洋服タンスみたいなものだなって日頃から思ってる。

人は、矛盾した考えを持ちがちで、自分が矛盾した考えを持っていることに気付かない事もあるし、矛盾していることに気付いてはいるけれど、どうしていいのか分からない事もある。

普通に話していても、相手の方が持っている矛盾が分かる時がある。「病気を治したいけれど治したくない」といったものもあるし、日常生活の些細な事でも、、例えば「キレイな部屋に住みたい」と望みつつ掃除をサボって部屋が汚かったり(掃除すればキレイな部屋に住めるんじゃない?)とか、「お金は要らない」と言いつつ支払いに追われていたり(支払いがあるなら、お金は必要なんじゃない?)とか、そういった矛盾って、誰にでもあると思う。

そして、その矛盾を自分の中から無くしていこう!というのが、自分を変化させていこう!今ある現状を変えていこう!ということに繋がると思う。

出発点が分からないと、到着点も分からなくなってしまうので、変化していく為に、私だったら、まずは現状を把握する。

現状を把握するのに、一番簡単なのは今ある現実を見ることで、自分の意識が現実を創り出しているので、上手くいってないと感じる現実を注意深く見ることで、自分の心にある矛盾や、奥深くにある癒しを必要としているものを発見することができる。

そこでは、見たくない自分も出てくる。時には痛みも伴なうので「見るのイヤ〜」って思って、見ることから逃げちゃったりもするけれど、だけど、しっかりと見てあげるだけでも、癒しや赦しが行われる。

そして「あれ、なーんだ。すっごい悩んでたのに、こんな簡単な事だったんだ」と、気付きがやってくる。気付いた後は矛盾がなくなるのか、拍子抜けするくらいに、物事が上手く展開していく。これが「癒しの効果」なんだろう。

自分の意識が現実を創り出していくので、その意識の部分にスポットを当てて、見えにくかったところを見えるようにしていく。そして見てあげるだけでも癒しや赦しがあって、気付きがあって、それにより意識が変わり、それがまた新たな現実を創りだす。これで、効果を感じられる。

シンプルなメカニズム。

そして、心の中は、洋服タンスみたいなものだ。

洋服を収納できる量は、タンスの大きさで決まっている。今、タンスの中には、何が収納されているのだろう?

会社に着ていく服?オフの時に着る服?それとも、もう着れそうにないサイズが合わなくなってしまった服?愛着はあるけれどボロボロになってしまった服?いつか着るかもしれない服?

着れなくなった服を、大切な思い出として収納しておくのも自由だ。これはもう着れないからと処分して、その空いたスペースに、今の自分に合った洋服を収納するのも自由だ。

そこで私は、過去の(または未来の)自分の為の洋服と、今の自分の為の洋服と、どれで洋服タンスを一杯にしたいのだろう?

もう着れなくなった過去の洋服。愛着や情もあるから、長く持ち続けるほど「これはもう着れないから処分する」のは、痛みが伴なう。あぁ、私の宝物が・・・。大切にしていたものなので、処分すると、チクリと心が痛む。

けど痛みも、しっかりと見ていくことで、癒しと気付きがやってくる。思い切って処分してしまえば、そこに、今の自分に似合う洋服が入れられる。

「手放す」過去に対する執着や未練だったり、傷だったり。もう終わってしまったことに対する想いを自分から解放することで、新しい風が吹く。

日に日に暑くなってきたし、皆さんも、心の洋服タンスを整理して、今の自分に衣替えしてみてはいかがですか?奥深くにしまいこんで、自分でもスッカリ忘れていた洋服が、あるかもしれませんね。

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